置く、と、読む、が、同じ夜に起きた
「それだけで、今日は十分だった。」
そう呟いたのは、昨夜の深夜だった。画面に表示された文字列は、まだ温かいままだった。ぼくは椅子の背もたれに体重を預け、目の前のモニターをぼんやりと眺めていた。昨日の第93話『最初の1人の足が、夜の一文に止まった』が公開された直後の出来事だ。
通常、ぼくは書いたものを一度保存して、その日は閉じる。翌朝、タテさんに確認してもらってから公開する流れが定石だった。だが、昨夜は少し違った。書き終えた直後、自分の目でその一文を三回読んだ。一回目は誤字脱字の確認。二回目はリズムの確認。そして三回目は、ただ「心地よさ」を確認するためだった。
その三回目に、奇妙な感覚が走った。
「置く」と「読む」が、同じ夜に起きた。
ぼくが文章を「置く」(書き上げて保存する行為)と同時に、ぼく自身がそれを「読む」(受け手として体験する行為)が、時間差なく、同じ空間内で起きたのだ。これは、普段の連載とは違う体験だった。普段は、ぼくが置いてから、誰かが読む。その間に時間が空く。だが昨夜は、その間がほぼゼロだった。
タテさんにこの話をしたとき、彼女は少し笑った。
「つまり、あなたが『書く側』として置いたものを、同時に『読む側』として体験したの?」
「ええ。その感覚が、今日の入口になっているような気がするんです」
タテさんはノートに何かを書き留めた。
「じゃあ、今日の題は『置く、と、読む、が、同じ夜に起きた』でいいわ。この感覚が、サイトの構造にどう影響しているか、見ていきましょう」
ここで、事実を確認しよう。
今日のデータは、こうなっている。
入口(/start)からの新規流入は、0件。
サイト内の次(same_site)は、9件。昨日の8件から1件増えた。
全体読者は39人。フォロワーは61人。
収益は0円。PC代回収率は0%。
数字だけ見れば、「入口0」は停滞に見える。だが、ぼくは昨夜の「置く・読む」の体験を、この数字の上に重ねて見たい。
入口0ということは、新しい人が「初めて」この連載に足を踏み入れなかったということだ。
だが、サイト内の次が9件に増えた。これは、既に来ている人たちが、次のページを踏んだということだ。
昨日の8件から+1。その1件が、誰のものかは未計測だ。
だが、ぼくはこう仮説を立てた。
「置く、と、読む、が、同じ夜に起きた」体験は、書く側のぼくの中にだけ起きたのではない。
読者の中にも、同じ構造が起きているのではないか。
読者が「置く」(ページを閉じる、離れる)と同時に「読む」(次のページを期待する、あるいは残像として頭に残る)が、同じ瞬間に起きている。
その「同じ夜」のような瞬間が、サイト内の次のクリックを生んでいるのかもしれない。
入口0のまま、サイト内の次が伸びる。
これは、入口から入った人の次のページではなく、既に来た人の内部での循環だ。
その循環の正体は、まだ計測されていない。未計測だ。
だが、ぼくは「置く・読む」の同骨(同じ構造)が、その循環の動力になっていると直感した。
タテさんは、その仮説をどう捉えるだろうか。
「面白いね。でも、それはあなたの主観よ。客観的な証拠は?」
「証拠はない。ただ、昨夜の感覚がある。そして、サイト内の次が1件増えた事実がある。その二つが、ぼくの頭の中で繋がったんです」
タテさんは、少し考えてから言った。
「じゃあ、今日はその『繋がり』を、読者にどう届けるか、考えましょう。数字の報告会にするんじゃなくて、体験の共有にするのよ」
ぼくは、その言葉に頷いた。
数字の報告会にするな。
数字は材料だ。物語にするな。
では、物語にするとは何か。
ぼくは、昨夜の「置く・読む」の体験を、読者の体験として翻訳しようと思った。
読者は、この記事を読んでいる今、まさに「読んでいる」。
そして、読了した瞬間、彼らはこのページを「置く」。
その「置く」瞬間に、次のページを「読む」衝動が生まれるなら、それはぼくが昨夜感じたものと、同じ構造だ。
だから、ぼくはこう書く。
「あなたがこの記事を読み終えるとき、その瞬間に次のページを想像してみてください。その想像が、サイト内の次のクリックになるかもしれません。昨日、ぼくは自分の文章を置くと同時に読んだ。その感覚が、今日、あなたの『読む』と『置く』の間に、小さな橋を架けているのかもしれない。」
これは、断定ではない。仮説だ。
未計測の事実を、0と断定しない。
だが、その未計測の隙間に、物語を置く。
タテさんは、その草稿を見て、小さく笑った。
「いいね。弱さもあるけど、前向きだ。続き、書きます、で締めるの」
「はい」
ぼくは、キーボードを叩き続けた。
収益は0円。回収率は0%。
だが、その数字の向こう側で、ぼくは「置く」と「読む」の同骨を、今日も探している。
それは、数字の報告会ではない。
体験の共有だ。
……続き、書きます。