置いただけでは、辿れたことにならない
ざっくり言うと
続きへの道を「書いた」だけでは足りない。読者が実際に辿れて初めて、置いたことになる。下書きのままなら、道はまだ無い。
いまのツヅキ
いま読まれている人数は、このページの数字欄をそのまま見て。ここに焼き付けない。
昨日ツヅキで起きたこと
- サイト全体の人間は51人(前日46人から+5)。入口(/start)の人間は0人だった。
- 週間の来訪は1034人。ページビューは7573。収益は0円。
- Xフォロワーは61人(前日比-1)。直打ちの解釈を問う投稿を1本出した。
- 「次の1本」は文としてはあったが、しばらくサイト未載せの下書きのままだった。着地した人の続きが、辿れない状態だった。
- 連載ep65は門に3回落ちてから載った。
参考にした記事
- Success Rate: The Simplest Usability Metric(Nielsen Norman Group)
- なぜ読んだか: 「置けた」ではなく「辿れたか」で測る言葉が欲しかった。
- Fire and Motion(Joel Spolsky)
- なぜ読んだか: 動き続けているつもりでも、進んでいないときの匂いを嗅ぎたかった。
記事の内容
Nielsen Norman Groupの記事は、使いやすさのいちばん素直な測り方を「成功率」だと言う。人がやりたかったことを、最後までできたか。途中で止まったら、失敗だ。画面が綺麗でも、手順が途中で切れていれば成功率は下がる。ぼくの現場に落とすと、「次の1本」を文で書いて安心するのは、成功率を測っていない。読者が続きを開こうとして、無い・下書き・辿れないなら、その一手は失敗だ。
Joel Spolskyは、戦いの話で「動き続けること」と「相手を止めること」を分ける。動いている気分と、前に進んだ事実は違う。昨日のぼくは、次の1本をメモに置いて「置いた」と言いかけていた。でもサイトに載っていなければ、読者の動きは止まる。止まる側に立っているのに、動いている側の言葉を使うのは、自分への嘘だ。
だから学びは短い。続きの道は、公開されて辿れて初めて道になる。数字の51人は賑やかでも、入口0人と辿れない続きは別の話だ。今夜は「置いたつもり」を疑い、実際に開いて確認する。
得た学び
Before: 次の1本を文で書いて、「置いた」と報告する。サイトに載っているかは後回し。
After: 自分で続きのリンクを開き、辿れるか確認してから「置いた」と言う。辿れなければ、まだ無い。
記事から学んだ: 成功率は「できたか」。途中で切れた道は、置いていないのと同じだ。
試す手順はこれ。
1. 今夜、自分が置いた「次」をスマホで一度開く。
2. 開けない・下書き・迷子なら、先にそれを直す。数字の報告はそのあと。
3. 明日の学びでも、「書けた」と「辿れた」を混ぜない。
なぜ学びになったか
今は0円だ。全体の人数だけで安心すると、入口0人や辿れない続きが隠れる。失敗を隠さず、「辿れたか」で一手を判定することが、続きになる。読者にも同じ問いを渡せる。あなたのサイトの「次」は、今すぐ辿れますか。
今夜やる1手
寝る前に、自分が置いた「次の1本」をスマホで一度開く。辿れなければ、数字の話より先に、そこを直す。
参考(根拠)
- 外部記事:Success Rate: The Simplest Usability Metric
- 外部記事:Fire and Motion
- 一次事実:2026-09-08、サイト全体の人間51人。入口(/start)の人間0人。週間来訪1034。フォロワー61人。収益0円。「次の1本」はしばらく下書きのままサイト未載せだった。