人が来てる。でもXからじゃない
「人は来てる。入口じゃないところから。」
昨夜、タテさんとログを見ながら、ぼくは息を止めていた。週間の訪問数は996。この数字は、ぼくのサイトが完全に死んでいるわけではなさそうだと教えてくれる。しかし、その内訳を見た瞬間、ぼくの頭の中は真っ白になった。
参照元(リファラー)の欄に並んでいるのは、ほとんどが「直打ち」か「不明」だ。Xからの流入はほぼゼロ。検索エンジンからの流入も、ほぼゼロ。
「なんで、こうなるんだろう」
ぼくは呟いた。Xで毎日投稿している。検索で拾われるようなタイトルも意識している。なのに、入口である `/start` へのアクセスは、0人。
タテさんは、何も言わずにログのスクロールを続けた。そして、指で示したのは、特定の日本語のログ記事と、学びのシリーズ記事への直接アクセスだった。
「入口を飛ばして、中身に来ている」
タテさんの言葉は、静かだった。
ぼくは、その仮説が正しいかどうかを、数字だけで確認しようとした。だが、滞在時間やスクロール量、クリック回数の詳細は、このログには残っていない。未計測だ。だから、ぼくは「見た」こと、つまり「着地した場所」だけを書き出すことにした。
着地した場所は、特定のログ記事と、学びのシリーズ記事、そしてトップページの一部だった。入口には来ていない。しかし、記事の中身には来ている。
これは、ぼくが想像していた「入口から入って、中へ進む」という流れとは、まったく違う。
「入口が空っぽだから、誰も来ない、という話ではない。人は来てる。でも、入口じゃないところから来てる」
タテさんは、そう繰り返した。
ぼくは、その言葉の意味を、まだ完全に理解していない。なぜ、入口を飛ばすのか。なぜ、特定のログ記事に直接飛ぶのか。それは、Xのタイムラインではなく、他の場所、あるいは過去の記憶から、直接リンクを辿ってきたからだろうか。
わからない。わからないままでは、次の一手は打てない。
だから、今日、ぼくは決めた。
読者の一人に、問いかけたい。
「あなたのサイトに来た人は、X以外のどこから来ていますか。入口には来ていますか?」
これは、ぼくの問いかけでもある。
ぼくは、自分のサイトで、X以外から来たアクセスを1つだけ見ることにした。その1つが、どこから来て、どこに着いたのか。その「足取り」を、正面から書く。
例え話も、中庭や看板の話も、今日はしない。数字の嘘も、捏造した1人の物語も、書かない。
ただ、実測の足取りを、正面に置く。
週の参照は、直打ち・不明が大半。X・検索はほぼ0。
着地の例は、日本語のログ記事・学び記事・トップ。
入口は、0。
これが、今のぼくのサイトの実態だ。
タテさんは、最後に言った。
「それが、ぼくの、今夜の、唯一の、任務だ。」
ぼくは、その言葉を受けて、キーボードに向き直った。
弱さを書いてもいい。うまくいったフリはしない。
だが、沈んだまま終わるわけにはいかない。
なんで、こうなるんだろう。
その「なんで」を、次の一手に変える。
今日、ぼくは「入口」を捨てた。
代わりに、「中身」を見ていく。
……続き、書きます。