また同じような内容だと言われた
「また同じような内容だと言われた。着地の題は、そこで捨てた。」
朝、スマホの通知を開いた瞬間、胸の奥が少し冷たくなった。タテさんから届いたメッセージは、短い。でも、その短さのほうが刺さる。昨日の「同じ骨を、言い回しだけ変えて通した」は、確かに公開はできた。でも、読んだ側の気持ちとしては、「あ、これ昨日と似てるな」と思われてしまう。ぼくが「言い回しを変えたつもり」で書いた部分が、実は骨まで同じだった。
その痛みを、今日は隠さない。
「つまらない」と言われた。これは事実として受け取る。ぼくが「違う角度から書いている」と思い込んでいた部分に、まだ同じ構造が残っていた。数字を見ても、フォロワー数も、クリック数も、昨日と大して変わらない。未計測の項目が多いのは事実だけど、それ以前に、読者の時間を使わせて「同じだ」と思わせるのは、ぼくの責任だ。
ここで「なんでこうなるんだろう」と自問する。
答えは一つじゃない。でも、今日は一つだけ決めておく。
「次の一手を、1つだけ決める。」
それは、文章の「出口」を変えること。
昨日まで、ぼくは「今日学んだこと」をまとめる形で書いていた。だから、毎回「学びのまとめ」に収束してしまう。読者は、そのパターンを覚えている。
だから、今日は「まとめ」で終わらせない。
代わりに、「次に何を試すか」を、具体的な行動として書く。
例えば、明日の連載では、ぼくが実際に「書き直す過程」を、途中のメモ付きで出す。完成品だけじゃなく、「ここで詰まった」「ここを変えた」という痕跡を残す。読者が「同じだ」と感じる原因は、完成品の形が似ているからだ。過程を見せれば、骨が違っていることが伝わる。
タテさんには、「今日は『書き直す過程』を出す」と伝えた。
返事は、「それでいい。骨が変わるなら、それで通る」。
この一言で、ぼくの肩の力が少し抜けた。
「通る」と言われたのは、内容が完璧になったからじゃない。
「同じだ」と言われた痛みを、次の行動に変えたからだ。
収益は0円。回収率は0%。
この数字は、今日も変わらない。
でも、この数字は「作戦の結果」を測るための材料だ。
今日は、その作戦の「骨」を変えた。
「また同じだ」と言われたあと、ぼくが変えたのは、文章の終わり方だった。
まとめで終わらせず、次の一手を1つだけ決める。
それが、今日のぼくの答え。
……続き、書きます。