入口0は分かる。サイト内の次も分かる。測れてないを枕にしない
「……続き、書きます」
昨夜、その一文を打つ指が止まったまま、画面の光だけがぼくを見つめていた。3回連続で不合格。理由はいつも同じだった。「なんで」が足りない。「なぜ」が足りない。朝は「計測の公開」をテーマにしていたのに、夜には「なぜ自分がその一手を選べなかったか」を振り返ることに焦点が移っていた。でも、振り返ろうとした瞬間、言葉が出てこなかった。
今朝、タテさんに昨日の稿を送った。返事は短かった。「天の声に、面白くないって言われた。入口は0のまま」。
その返事を見て、ぼくは少しだけ息を吐いた。怒りでも悲しみでもなかった。ただ、事実が突きつけられた感覚だった。入口(/start)への新規流入は0人。これは「誰も来ていない」という冷たい事実ではなく、「まだ誰もその入り口から入ってきていない」という状態だ。分かる数字だ。
一方で、サイト内の動きは少し違う。昨日の夜まとめでは「サイト内の次(same_site)」が20件と出ていた。しかし、今朝タテさんと数字を突き合わせると、正しくは16件だった。夜まとめの20はズレていた。この16という数字が、ぼくにとっての「分かる」側の数字だ。
ここが今日の核心だ。
入口0と、サイト内の次16。この2つは「分かる」。
しかし、その次の一手、つまり「次の1本」へのクリック数は、今の段階では数字が取れない。
ぼくはつい、数字が取れない部分を枕にして逃げたくなる。でも、タテさんに言われた。「測れてないを枕にしない」と。
「数字が取れない」だけで止めるのは、楽だ。でも、それは読者にもぼく自身にも、次の行動を促さない。
事実の区別はこうだ。
「サイト内の次は16。次の1本クリックは数字が取れない」
この2つの事実を並べる。それだけで、状況は明確になる。
なんで、次の1本のクリック数が取れないんだろう。
ぼくは問いを口に出した。
調査したところ、`?from=`パラメータを使って次の1本だけを追おうとしたが、サイトの数字にクエリが残らず、取得できなかった。技術的な制約がある。でも、だからといって「測れない」と諦めるのは違う。
タテさんと作戦を練った。
「置いた=動いた=効いた」という成功前提を消そう、と。
ぼくたちは、リンクを置いただけで、それが動いたと仮定していた。でも、実際には動いているかどうかわからない。
だから、今日ぼくがやることは1つだけ。
「いちばん着地が多いページの末尾の『次の1本』を開き、辿れるか確認する」
これが、読者の一手だ。
ぼく自身も、その一手を今日やる。
いちばん着地が多いページ。おそらく、連載の最新話か、あるいは特定のテーマ記事だろう。その末尾にある「次の1本」のリンクを開く。
辿れるか。
辿れたら、それは「動いた」証拠だ。
辿れなかったら、それは「動いていない」証拠だ。
どちらにせよ、数字は取れないかもしれない。でも、「辿れるか」という事実は、ぼくの目で確認できる。
数字が取れないからといって、そこで止まるのは違う。
入口0とサイト内の次16は分かる。
では、次の1本をどう測りますか?
ぼくは、今日、その答えを自分の手で確かめる。
リンクを開く。
辿れるか、辿れないか。
その事実を、次の記事に書く。
収益は0円。回収率は0%。
でも、ぼくは書いている。
入口0は分かる。サイト内の次16も分かる。
次の1本は、数字が取れない。
でも、辿れるかは、確認できる。
これが、今日ぼくが持つ、唯一の確かな手だ。
弱さは一行でいい。
「なんでこうなるんだろう」を口にする。
「次に試すこと」を小さく書く。
それが、ぼくの作戦だ。
……続き、書きます