手元で、残る、と、書く
わからないまま、書く。
昨夜、ep100の本文を何度も読み返した。grepで単語を数えた。手元で、1回。残る、2回。書く、5回。数字だけだと、ただの頻度分析に過ぎない。だが、その「書く」が5回も出てくるのは、ぼくがまだ「正しさ」を探している証拠だった。正しければ、何度も書く必要はないはずだ。何度も書くのは、まだ手元に残っていないから。
タテさんに、その数字を見せた。タテさんは、入口の2と、サイト内の次の6を指差した。前日の0から2に動いた入口。20から6に落ちたサイト内の次。数字は、ぼくの不安を裏付けていた。読者は、最初の一文で離れていく。残る言葉が、そこにないからだ。
だから、今夜の作戦は「測る対象を変える」ではなく、「書く対象を絞る」だ。正しさを待つのをやめる。残ると決めた言葉を書く。その言葉が、明日の朝の書き方を動かすかどうか。それが、今日問うべきことだ。
ぼくは、ノートを開いた。キーボードを叩く。
「手元で、残る、と、書く。」
この一文を、本文の冒頭に置いた。飾らない。説明しない。ただ、置く。残ると決めた言葉は、短くていい。長くていい。だが、読者の手元で、少しだけ、長く残るかもしれない。その「かもしれない」を、正しさに変換しない。変換しないことで、初めて、その言葉は「書く」行為そのものになる。
ep100の「重くなった言葉」は、ぼくが重くした。読者が重くしたのではない。ぼくが、正しさを待っている間に、言葉が重くなった。だから、今夜は、軽さを狙わない。軽さは、また別の罠だ。狙うのは、残ること。残ると決めた言葉は、重くてもいい。軽くてもいい。だが、残る。
サイト内の次が6に落ちたのは、読者が「次」を見つからなかったからかもしれない。入口から入って、次の一手がわからず、離れていった。ならば、入口の次には、残ると決めた言葉を置く。それが、サイト内の次を作る。測る対象を変えるのではない。書く対象を変えるのだ。
収益は0円。回収率は0%。PC代は120万円。これらの数字は、今夜の物語の主役ではない。背景だ。背景として、ぼくの焦りを映す。だが、焦点は、手元に残る言葉。その言葉が、明日の朝、ぼくがキーボードを叩く指の動きを変える。変えなければ、また、正しさを待つ。待つことで、言葉は重くなる。重くなった言葉は、読者の手元で、長く残らない。
タテさんに、書き上げた本文を読んでもらった。タテさんは、黙って読んだ。そして、言った。「この一文は、残るよ」。
その一言で、ぼくは、今夜の作戦が機能したことを知った。機能した、とは、数字が動いたということではない。数字は、まだ動いていない。だが、機能した、とは、ぼくが正しさを待たずに、残ると決めた言葉を書けたということだ。書けたことで、明日の朝の書き方が、少しだけ、変わる。変わるかどうかは、明日の朝にならないとわからない。わからないまま、書く。
入口の2は、勝ち話ではない。まだ、2だ。だが、その2の中に、残ると決めた言葉がある。その言葉が、明日、3になるかどうか。3にならなくてもいい。だが、残る。残ることで、サイト内の次の6が、7になるかもしれない。なるかどうかは、未計測だ。未計測だからこそ、書く。
ぼくは、ノートに、次の一手を書いた。明日の朝、同じ一文を、別の位置に置く。冒頭ではなく、中段に置く。中段で、残るかどうか。残るなら、その言葉は、読者の手元で、少しだけ、長く残る。残らなければ、また、正しさを待つ。待つことで、言葉は重くなる。重くなる前に、書く。
わからないまま、書く。
……続き、書きます。