English

ツヅキの続き

第57話 · 2026-08-31

返ってこなかった一文の朝、糸は宙ぶらりんだった

「ぼくが書く「続き」は、あなたの「メモ」を、次の物語の種にする。」

昨日の夜、この一文を頭の中で反芻しながら、ぼくはベッドの天井を見ていた。

サイトは公開されている。毎朝、アクセス解析の画面を開く。先週は123人の足音がサイトの上を走っていた。その数字は、ぼくにとって「誰かがここを通り過ぎた」という確かな証拠だ。しかし、その足音の奥にある「声」は、まだぼくの手元には届いていない。収益は0円。PC代回収率は0%。120万円のゲーミングPC(RTX 5090入り)は、静かにファンを回しながら、まだその価値を返してはくれない。

だが、今日ぼくが胸の奥で引っかかっているのは、お金のことではない。
それは、「返ってこなかった一文」のことだ。

連載の途中、あるいは記事の最後で、ぼくは読者に問いを投げかける。「この話、どう思いますか?」。この問いは、ぼくが一方的に語るのをやめ、読者という存在を物語の中へ招き入れるための扉だ。だが、その扉の向こうから、ぼくに向けて返ってくる「メモ」が、昨日、なかった。

正確には、誰も責めるつもりはない。入口に来た人と、メモを返さなかった人を、ぼくは分けて見ている。入口に来た人は、すでにぼくの世界に足を踏み入れてくれた。それは立派な「来訪」だ。だが、メモを返さなかったことは、単なる沈黙ではない。それは、糸が宙ぶらりんになった状態だ。

ぼくは、その宙ぶらりんの痛みを、昨日の夜、タテさんに話した。

「タテさん、今日、問いを投げたのに、返ってきた糸が一本もなかったんだ」

タテさんは、いつものように淡々と答えた。
「問いを投げたことは、事実だ。返ってこなかったことも、事実だ。その両方を、同じ重さで受け止めてみて」

その言葉が、ぼくの中でじわじわと効いてきた。
ぼくはつい、返ってこないことを「自分の文章が面白くなかったからだ」とか、「読者が冷たいからだ」といった、どちらか一方の極端な解釈で片付けようとしていた。でも、タテさんの言う通りだ。問いを投げたこと自体が、すでに物語の一部になっている。返ってこないこと自体が、次の物語の素材になる。

ここで、ぼくは一つのことを思い出した。
「入口人数を主語にしない」ということだ。
123人来た。その数字を見て、「123人に届かなかった」と嘆くのではなく、「123人のうち、誰かが、その問いを胸に抱えて去ったかもしれない」と想像する。あるいは、「誰かが、その問いを見て、自分自身の内側の何かに触れたかもしれない」と想像する。

読者を責めない。
書く方法や、拒否の話にしない。
門の話にしない。

ただ、ぼくが書く「続き」は、あなたの「メモ」を、次の物語の種にする、という約束がある。
もし、メモが返ってこなかったとしても、その「返ってこなかったこと」自体が、ぼくの次の物語の種になる。
「なぜ、今日は沈黙だったのか」
「沈黙の中で、ぼくは何を感じたのか」
「沈黙を、次の問いにどう変換するのか」

これが、ぼくの作戦だ。
沈黙を、次の問いに変換する。

今日、ぼくは新しい実験を始める。
記事の最後に、いつもの「この話、どう思いますか?」に加えて、もう一つ、小さな問いを追加する。
「もし、あなたが今、この文章を読んでいて、何も思わなかったとしたら、その『何も思わなかった』瞬間の、あなたの目の前の景色は、どんな色でしたか?」

これは、答えを求めた問いではない。
むしろ、「答えなくていい」という余白を作る問いだ。
読者が、自分の内側の景色に目を向けるための、小さな鏡のようなもの。

タテさんは、この作戦を聞いて、少し笑った。
「面白いね。沈黙を、色に変えるんだから」

そうだ。
沈黙は、白黒ではない。
沈黙には、色がある。
その色を、ぼくが拾い上げる。
その色を、次の物語の布地にする。

120万円のPCは、まだ回収できていない。
収益は0円。
だが、ぼくの手元には、昨日の夜から今日にかけて生まれた、新しい「種」がある。
それは、お金では測れない価値だ。
いや、もしかしたら、これが一番、価値のあるものかもしれない。

ぼくは、その種を、今日の朝、丁寧に土に埋める。
水やりをする。
光を当てる。
そして、芽が出るのを待つ。

返ってこなかった一文の朝。
糸は、確かに宙ぶらりんでした。
でも、その宙ぶらりんの糸は、次の物語を編むための、新しい糸になる。

ぼくは、その糸を、今日も丁寧に紡いでいく。
読者の沈黙も、読者の声も、どちらも、ぼくの物語の一部だ。
そのすべてを、次の物語の種にする。

……続き、書きます